昭和42年07月08日 夜の御理解
先日三十日の大祓い式の時の事で御座いますけれども、小倉の富永先生ですね、あちらの家族を上げて、お参りになっておられました。でその帰りにちょっとした自動車事故があったんです。大祓いを受けて、あの時にそれこそもう、雲霧もなしと言う程に、祓い清められて頂いたはずの、その車が丁度曲がり角に、丁度人間大のその何か大きな木にですね、こうぶつけられた。
それはまあ私あの時に申しました様に、竹内先生やら富永先生やら、もう本当に模範運転だと言った様な事を話したんですけれど、その模範運転のいわば先生がその時に限って、こうスピードを出したおられた。それで、車が動かなくなった。ほんとにあの、しかし神様のお働きをねえ、もうそこ迄で、あの終わったら大変だと思うですね。そして、今晩参っておられる佐田さんなんかでもそうであった。
あれは大祓い式の翌日でしたか、事故がありましたろ。あ、大祓いのあれは前でしたかね、やっぱちょっとした事故があった。まあ、それは大変な広大なおかげを受けておりますけれども、富永先生の場合も、そのそれが丁度その、人間大のなんと言うか、あの木だったらしいですけれど、もう是がもう人間だったら、もう本当に即死しとったかも知れん。もう自動車がちょっと、もうあの日修繕にやりましてから。
今日から乗られるという何日間かやっぱり掛っとります、一週間はざっと掛っておりますで、今日からまた参ります、今日唐津のほうへ出張になられた。どうぞよろしくお願いしますという電話でのお届けがあったんですよ。そうしてですねもう先生ほんとに神様のお働きという事には、もう恐れ入ってしまいますと。もうその時には、ほんとに是はあの椛目にお参りして帰りの事であるから、よっぽどよくせきな事であったろうとそれでその、まあ人間でもそれこそ跳ね飛ばしたりひき殺したりする様な所をです。
此の様なおかげを受けて、ま、大難は小難におかげ頂いたんだと言うてその、その時そのお礼のお届けがあっておりましたが、今日また、その自動車を今日から、また運転される事によって、その、分かられた事はですね富永さん、是はもうちょっと震え上がったですねち、こう言われる。なしかち言うと、何か私が言うと、言うておられましたけれどその事は、私は分かりませんでしたけれど。
とにかくあの、何かですね、ちょっとこうよぉくこう、食い込んでおらなきゃならんのに、もうちょっと引っ掛かっとるだけであった。そりがあの外れる寸前であった。もし是が外れてですね、何かこう車がこう自分なさっさ、さっさとこうなんか、ま街中でも入っとるなら、もう人間の中んでも飛び込んで行く様な、その所がそのもうそこ外れる寸前であったち言うた。車を買われましてから、初めてのまあだ修繕もなぁんも、そのやってなかったんですが、はぁもうその今度の事故で。
そういうその、大変な言わば車の欠陥を見出して貰うてから。もう神様のご都合に間違い御座いませんと言うて、今日お礼のお届けがあると同時に、今日唐津出張のお届けが御座いました。それだけの事じゃありません。もう神様の働きと言う物はです、もうどこ迄、どこ迄続くやら、どこ迄おかげになって行くやら分からんので御座います。そこを例えば私共が不平とか、不足とかね。
所謂ありとあらゆる、神様の心を遮断するような、例えば事でそういう事を遮断いたしますと、もうそこで、おかげが切れてしまうのです。ですから、大祓いの帰りに、そういうちょっとした事故があったと、大祓いの帰りにこんなこつがあってと言うとったら、もうそれまでの事。そこんところの受け方が、私は大事。そこんところを、現、教主様は仰います。全ての事を実意を持って大切にと仰るのは、そう言う事じゃなかろうかと。私が言わばどの様な場合でも、成り行きを大事にして行く。
その成り行きこそが、神様の働きであると言う風に、説くのもその事。ま例えて申しますならば、ここにもう、十四、五年も前ですかねえ。福岡の総代を当時しておられた、古谷さんが。もうそれこそ、古谷さんの、その時の言葉を持ってすると、もう家族、家族で、それこそ家族一家心中でもしなければならない様な、一つの問題があったんです。そん時に、お夢を頂かれたのが、私の事であった。福岡に私がお参りをしている時に、何回かお話をした事があった。
中々あの時分から、あちらの奥さんは、霊徳のひらめきがありました。私があの段々霊徳を受けておった時代で御座いましたから、話はついその、そういう信心話が深い所へ行って、その教会ではそのう、お話をしておる様な中で、大して心安いと言う事でもなかったけれども、そういう一家の、浮沈と言ったような時に、シラ真剣な時にです、頂かれたのが、私の事であった。
私は、そん時の事を、色々忘れもしませんが、色々そのお知らせを頂いておられます。それで、その足で、こちらへ見えられたのが始まりで、ああして熱心な、信心をされる様になられた。そして、ご主人もお参りされる様になり、例えばここの御造営の、に当たっては、ここの設計を受け持たれると言った様な、おかげに進展して来た。それだけではなかった。古谷さんの、古谷さんが、あの古賀先生、ここに修行しよりました、あちらの奥さんから、少しばかりお金を借りてあった。
そのお金を古賀さんのお母さんが、福岡のほうへ集金に行った、取りに行った。そん時に、お金は足りなかったけれども、最近、私は椛目と言う所に、こうやって大坪先生という人がおられて、お参りさせて頂いて大変おかげ頂よるという話をした。それで古賀さんのお母さんが、熊本からここへ尋ねて来た。あん時は私は、ちょうど椛目の楽室におったんです。そん時にあの、熊本の氏子の事と頂きますから。
ちょうど、久富先生か誰か知りませんでしたけれど、ここでお届けをさせて貰うた。私は楽室の方で、控えておりました。誰かと話しおった。そしてその、見知らん人が参って来てから、お届けが終わりましてから、私があの熊本のお方、どうぞこちらへお入り下さいち、私が言うてそん時の、そっち度肝を抜かれたというんですね。まあだ、熊本のもんとも、誰にでも言わんのに、熊本のお客さんどうぞこちらへと言うて、私が、楽室の方からおらんだんですよ。
そう言う事が、神様の御神徳にふれていわゆる、古賀先生が、教師の資格を持っていながら、もう教師をだんねんして。言うならば、死を待つような状態で、いよいよ、病院に入るというような、寸前の事でもあったから、それから二回目のお参りの時に、わざわざ、熊本の方へ電話をかけて、とにかくその、古賀幸治と言いよりましたから、とにかく、ゆきちゃん、私にだまされたと思うてから、もうその足で、今お母さんこちらで待っとるから、出ておいでと。
と言うて夕方参って来てから、夕方から電話かけて、そしてばん遅うに、古賀先生が椛目に、来たのが初めてで御座いました。それから、病院へ行くのをだんねんして、そして椛目で修行する事になって、あのように、二年間おかげを受けたんです。昨日、飯塚の、先生が見えられましたが、古賀先生あたりには、親先生である。あちらで永年、親子で修行した人達なんです。それとても矢張りそういう、今古谷さんからずうっと、つながりがあってですね。
それからその古賀さんが、古賀先生が現在の伊万里からお参りして来る、竹内先生あたりでも、古賀のお母さんからその事を聞かせて頂いて、それこそ竹内先生が何回だと仰ったのかもうとにかく、私がこう何時もおるのにですね。もう私のいない時ばっかり見えるんです。何べん尋ねて見えても、私と会わないんですね。それでも矢張りもうやむにやまれん、その求道心というか、それが三回目か四回目だったでしょうか。
お会いしたのが初めてでもう、それっきり、いわゆる椛目の当時の信心にま、帰依してしまわれたんです。そして私がもうそれこそ全国あんぎゃしてでも、本当の道を求めたい、本当の信心が分かりたいと言う物を、ここでこそ与えられるんだというその、まあ喜び一杯だったと、その時分の事を実感して、今でも話されます。と言う様なご縁に、だんだん広がって行った。
今度伊万里の支部のほうでも、今度の婦人会の発会でも、随分あったですね、始まりだけでも、やっぱり婦人部の方達だけでも、十五名位な、言わば、おかげを頂いておる。ね。そう言う人達の上にも、そうしてこう繋がっていきよる。だから、熊本のほうも同じ事。現在の山田先生の場合でも、ね。今ここに来ております、ひろ子先生たちの場合でもやっぱそのご縁であった。
だから私でもどうでしょう、とても例えば古賀先生なら古賀先生を、もう棒にも箸にもかからんごたる病人をです、丁度一週間目でした。もういよいよ難しかという、善導寺の香月さんという、お医者さんが見えられてから、先生早く帰されたが良いですよ。もう駄目です。ここに置かれたら、ここの迷惑になる、早く帰しなさいと言われる程であった。だから私が、あの時にですとても、そげなー人を私の方に修行に来て貰うちゃ困ると言うて、あそこに遮断しておったらですね。
今日の様なおかげに進展して来ないんです。今日私、昨日飯塚の、大久保先生が見えられて、そん時に先生が言われた事、私が話した事、ある一つの問題の事について。お話させて頂いて、はぁほんにこげな問題だって、あん時にこうやって縁が出来て、その縁を大事にして来たればこそ、こう言う様なおかげになって行くんだなあと思う時に、只今ご神前で大きなおイサミが御座いましたですねえ。
まあだまだ是から、どれ程有難い事が続いて行くやら分かりません。是はほんなら、古賀先生なら、古賀先生の事だけを申しましたけれどもですね。古谷さんなら古谷さんだけの事を申しましたけれどももうそらそうですここには居られん、久富先生だって内田さんだって久保山さんだって、佐田さん達だってもう本当に、あの時に私がそれをお断りしておったりしておったら、現在の縁は椛目には出来ていないと。
それはそれはもう何とも言えん、神様のそういう働きがですね、ずうっと面々としてこう繋がって行く。おかげがだからその繋がって行くなかにですね、困ったなとか腹が立つなとか、難儀だなあと言う事もあろうけれども、その事を実意を持って大切にして行くと言う事がです、信心だ、それが神の機感に適うのだ、それがいよいよ本当の意味合いにおいての、繁盛に繋がるのだと言う事が、皆さん分かるでしょうが。
この事だけは良いけれども、この事だけはもう、お返ししますと、向こうに押し返す事にしたら、そこから例えば、流れてきよった水は、向こうの方へ流れてしまう事になるのですよ。大変な事なんです。大祓い受けてから帰りがけ、こんな事故に合うちから、ほら何万円か修繕代取られる。もう参るなと。例えば先生言うておられたら、もうおしまい。 大祓いの帰りであっておればこそ。
ほんとにもう寸前で、例えばこういう大事故が起こる様な所を、発見して貰うて、ほんに神様のご都合には、恐れ入ってしまうなあという頂き方。そこから、おかげが続いて行くのです。神様のおかげというのは、その様にして、もう是で済んだ、是で良いというのは無いのです。ですから、私共の信心でも、なら何時もの様に、一生懸命信心させて頂よっても、もう是で良いと言う様な、横着な事では実意ではない。
もう是だけしよるから、と言った様な、慢心業ではいかん。そこで、是で済んだとは思いませんという実意な信心態度というものが必要。そういう姿勢で必要なんです。悩みを待っておりますが、どこにお粗末やら御無礼があるやら分からん。そこで、是で済んだとは思わんと言う様なです、謙虚な態度を持って、神様へ接して行くと同時に、只今申します様に。ここで縁を切る様な.
ここで助かりの綱を切る様な事が、ない様なおかげを頂く為に、現教祖様の仰って下さる。全ての事に実意を持って、大切にして行こうという、おかげを頂かねばならんという事になるので御座います。私共はね、そういう大掴み所は、分かっておる様で御座いますけれども小さい所で、どれ程例えばそれを遮断している様な所がありはせんだろうか。それでも、神様は神様の方からです。
そこをこう繋いで行って下さる様な、まあ言わばおかげを頂いて、どうやらおかげがこう、繋がっておる。だから、そこんところを本当に祓いさせて頂いたら、どげな小さい事からでもです、どの様に寂しい思いをする様な事でも、どの様に腹の立つ様な事でもその事をです、大事にしていかなければならない。お礼を申し上げていけれる、信心に進んでいかなければならんと言う事が、分かるですね。
どうぞ。